ACP(人生会議) どんなふうに死にたい?

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急増する。死にゆく人。

超高齢化社会になって、死ぬ人が急増している。

日本が戦争をしているとかはやり病で死亡率が、上昇したとかではない。

現在、日本の高齢化率が30%弱。高齢者が多いから「死ぬ人が多い」という、単純な構造だ。

高齢者が増えれば医療費の負担が増大する。75歳以上の高齢者は、現役世代(65歳未満)の4~5倍の医療費を使っているそうだ。

そういった背景の中、治療をして治ることを目指すよりも、治療して生活の質を向上させることが医療の目的の一つにシフトチェンジしようとしている。

その取り組みの例が、緩和ケアで苦しみを取り除きその人らしい最期を迎えるための医療だ。

人間は老化する。命を脅かされるような病気にならなくても、「高齢による老衰」で徐々に機能が衰えて、自然にあの世に行く。

もう一つ、大事なこと。

思いもよらかった事故や災害や突然死を除けば、人間は「死に方」を自身で選ぶことができる。

だいたいの死期を知ったときに、死に支度をする人は存在する。

そして、死にたいと思えばいつでも、命を終わらせることができる。

ACP(アドバンス・ケア・プランニング)って、どうよ?

10年前ぐらいから、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)という言葉が、一般化してきた。

ACPを簡潔に説明すると、「もしものときに備えて、本人が望む医療やケアについて、本人・家族・医療者が前もって話し合い、共有しておくプロセス」だそうだ。

「人生会議」という愛称もある。

ACPのポイントは、元気なうちから、自分の望む治療や生活の仕方を考え、もしもの時のことを話しあっておけば、将来、意思表示が難しくなっても希望が尊重されやすくなること。そして、家族と医療者と共有しておくということだ。

もしもの時??

ふ~ん。

経験上、もしもの時のことを考えておく重要性は痛いほど理解できる。

相談員として活動する上での指針(社会福祉法)は「個人の尊厳の保持」を謳ってあり、クライアントを意思を尊重し選択できるようにかかわる。そのかかわりの究極が、もしもの時だ。

だが、相談員としての経験上。余命宣告でもされない限り「もしもの時」を考えられない。

もしくは、高齢者が深く考えずに「家族に迷惑をかけたくないから、延命治療はいらない」などと宣う場面はある。

家族に迷惑をかけたくない?

死にゆく親の世話を、迷惑なんて思わない。

しかも、だれの手も借りずに、お墓に入れるわけがない。

人は、一人じゃ生きていけないと同時に、一人では死ねない。誰かしらの手を借りて、あの世に旅立つ。

「家族に迷惑をかけたくない」なんて発言は、笑止千万だ。ちゃんちゃらおかしい。

話を戻す。

厚労省の調査でも、もしもの時を医療やケアについて考えたことがある人は1~2割程度だそうだ。

妥当な数字だ。

ACPって立派な理念だが、現状はお粗末な現状だ。

ACPの主人公は、本人だ。

本人が、家族に迷惑をかけたくないといいながら、肝心なことは残された家族任せ。

脇役の医療職はどうだ?

「もしもの時」のことを、真剣に聞いてくれる医師やそれに準じる医療職がどれだけいるのか?

いるとしたら、緩和ケア専門の医師や看護師?医療職じゃないけど、臨床心理士や教戒師?

いずれにしても、終末期の特別なケアのイメージが付きまとう。

動物だもの「死を考えることは怖い」

ある地域サロンでACPにまつわる講座を、某相談所主催で行った。

先日、後日談を聞いた。

その講座があった数日後、参加した住民がサロンの世話人さんのところにきて、「ACPの話を聞いて、死ぬのが怖くなった」と相談に来たそうだ。

このエピソードを聞いて、おかみの思った。

  • 死にかかわった親族が、苦しく悲惨な延命治療をしていたのか?
  • 一定の年代に存在する、死という言葉がPTSDやトラウマになるほどの悲惨な体験があるのか?
  • 逆に、健全で恵まれた人生を歩んでいるから怖いのか?

地域サロンの参加者のカラーだと、多分、恵まれた人生を歩んできたからだろう。いずれ人生の終焉がやってくるとわかっているが、まるで全自動の洗濯機のように人生がスタートすれば、自身が何も考えなくても伝えなくても環境調整ができてこれまでのように恵まれた日々が人生の最終段階まで続くと思っている。

なのに、某相談所にこの価値観を揺さぶられ、何かエンディングノートのようなものを書き記したほうがいいという。

さぞかし、怖かっただろう。

人間も動物だもの、本能に従えば死は怖い。

だが、ACPの講座は何とかしないといけない。

残念だが、失敗だ。

ACPの講座については、1から勉強しなおしだ。

で、おかみはどうなの?

おかみは、100歳まで生きると決めている。

100歳まで生きるのは、生半可なことではない。努力とはまた違う生き抜く力が、必要だろう。

おかみのこれからの人生を考えれば、苦痛を伴う病気や生活困窮や孤独や孤立に苛まれる可能性のほうが圧倒的に高い。

だが、100歳越えをすると何とも言えない幸福感に包まれるといわれている。

どんな感じか、味わってみたい。

長寿にまつわる対策は、じっくり考えて計画を立て粛々と実行するつもりだ。

うまく立ち回って笑顔であの世に行ったクライアントもいるんだから、おかみにできないことはないと思う。

その人たちを参考にしつつ、したたかに天国の階段を昇って行こうと思う。

ABOUT ME
地域食堂ことこと おかみ
地域食堂ことこと おかみ
地域食堂ことこと おかみ
某相談所のしがない相談員をしています。団塊ジュニア。両親が死去したら、単身身寄りのない困った年寄りになる可能性高し。 今の夢は、定年まで思いっきり働いて、退職したら「地域食堂」のおかみになること。 そして、「地域食堂」の仲間が笑顔であの世に送ってくれたら、おかみの人生120点!!
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