弱いは強い 強いは弱い どっちがいい?

弱いは強い
先日、お会いした司法書士さんが、行っていた言葉。
「弱いは強い」
妙に印象に残っている。
未成年や被後見人が、単独で売買契約をした際に、悪意や詐術がなければ契約を無効または取り消しすることができる。
民法では、未成年や被後見人は、最大限の保護しなきゃいけない存在としているらしい。だから、「やめます」ましたと言えばいい。
未成年か被後見人かどうか、契約の際に確認すればいいだけのことだが、契約の相手側の立場としては、せっかくした契約や売買が無効や取り消しになるのはたまったものではない。
この民法の仕組みを、「弱いは強い」と表現したのだ。
面白い表現をする人だな~。
この表現のバリエーションを考えてみた。
福祉の分野で考えてみると。
生活保護を受けている人は、社会的弱者と言えるが、勤労をしなくても国が最低限度の生活費が支給され、社会保険料を支払わなくてもある程度の医療が無料で受けられる。
まさに、「弱いは強い」のだ。
強いは弱い
その逆もある。
近年、人材不足で福祉施設の介護士が確保できず、利用者を受け入れができないという現象が数年前から起きている。
建物や設備があっても、実際に稼働をしているベッドは半分だけという施設もある。
完全に、ビジネスチャンスを逃している。
福祉施設の経営者は、従業員にとっては強い存在であるが、従業員がいないとビジネスができないという弱さも持っている。
エッセンシャルワークをビジネスにしている企業は、このような現象が当たり前になっている。
人を大事にしない企業は、うまくいかない。
人を雇用していることは強いように見えるが、施設運営のカギは従業員が握っていて弱いとこでもある。
強いは弱いのだ。
強いは強い
強いは強いはどんな現象だろうか?
自身の弱さを課題として取り組み、自己実現をしている人。
それから~。
富裕層と言われる人の支援もしたことがあるが、お金が入ってきた分、出ていくお金も多く、お金に対してとてもシビアな面を見聞きした。
お金持ちはお金を使わないからお金持ちだと思う。
富裕層でなくても、お金にとらわれず生きている人もいる。
生活に必要なものはここまでと枠を決めて、労働に縛られず余生を楽しむ。
FIREした人だ。
例え、ギリギリFIREだとしても、ここまでの枠を決めればいいだけ。
日本に暮らしていれば、飢えることはない。
これ、絶対的な「強いは強い」だ。
後は、足るを知っている人かな?
ビジネスの世界では、自身の提供できるサービスの「足るを知って」ちょうどいい塩梅の規模にとどめ、着々と未来に向けて次のビジネス展開を準備している経営者。
これも、「強いは強い」だ。
自分自身の「足るを知る」事が、なかなかできない。それができるのが強みであり、そこをしないと、次の戦略は立てられない。
弱いは弱い
以前、書いた記事の主人公は、弱いは弱いのカテゴリーにあってはまる人だった。

コンビニの駐車場で当たり屋のような人に脅されて、なけなしの30万円を払ってしまった。
どうして払ったのか?と質問したら、「こんなトラブルに巻き込まれてしまって、思い悩むくらいなら、お金を払って早く解決したほうが、心も体も楽だから支払った」と、回答する。
明らかに当たり屋なのに、30万円も支払うなんて、信じられないが、メンタルが弱いから?解決する方法が思いつかなかったから?支払ってしまったらしい。
まさに、弱いは弱いの人だった。
どのカテゴリーで生きたいか?
できれば、「強いは強い」でありたいと思うが、そうもいかないだろう。
おかみは、頭のいい人間ではない。ゆるぎない信念や価値観を持っているわけでもない、普通が心地よいと感じるタイプだ。
「強いは弱い」か「弱いは強い」のどちらかだ。
負けて勝つという言葉がある。たまーに、そうゆう人がいる。
戦略として、負けたふりをするのはありだが、常に被害者ぶっている人はノーサンキュウだ。
やはり、「強いは弱い」を目指すべきか?
弱さを知って、したたかに生きる。そして、強くなる。
あれ~???
結局、「強いは弱い」「弱いは強い」は同義語なのか?対義語なのか?
意見を求む。