森の中の美術館で また八月が来た
森の中の美術館
昨年度は、とても忙しかったから、今年は大型有休をとって旅行に行っている。
念願の森の美術館に、新幹線と特急列車を乗り継ぎ、炎天下の中を徒歩30分かけて行った。
ちなみに、おかみは旅行はあまり好きではない。だけど、ここ数年は積極的に旅行に行くようにしている。長い人生を考えれば、今が一番金銭的にも体力的にも、この目で見ておきたいところ見るのは「今の年齢がベスト」と考えたのだ。つまり、体験にお金を使うことにした。
とは言え、根本的に旅行が好きではないから、ちゃんと計画したつもりだけど効率の悪い結果になってしまう。
今回の旅行計画の失敗を、並べればきりがない。
森の中の美術館も、段取りが悪いものだから、美術館にたどり着いたころには、クタクタでちょっとご機嫌もななめ。
森の中の美術館のイベント
汗をハンカチで拭いながら、受付を済ませた。
チラシをもった学芸員さんに声をかけられる。
「よかったら、イベントに参加しませんか」
チラシを見ると、80年近く前にあった地元の戦災についての講演会だ。
「こんなに遠くまで、平和学習か~」と心でつぶやく。
とりあえず、講演会を聴きながら休憩をすることとする。
地元の戦災の立ち位置
地元の戦災は、数ある戦争被害でも歴史的なターニングポイントなった出来事である。
20年前、全国各地から集まった福祉関係者向けの研修会に参加した。そのプログラムで、地元の福祉課題を共有するグループワークがあった。
もちろん、おかみは地元の戦災について発言した。その戦災は、歴史的なターニングポイントで、当事者が国を相手取って裁判を繰り返し保障を勝ち取っている。今でも、戦災に関連したニュースは、定期的に全国版のニュース番組で報道がある。地元の戦災を他県の人も知ってて当たり前だと思っていた。
だけど、聞き流された。
他県の参加者も、そのような感覚で福祉課題を発表していた。
例えば、熊本県だったら水俣病。大阪だったら、ホームレスの問題。
地元の戦災は、全国的に見たらある地域の福祉課題の一つに過ぎないんだ。
こんなもんか~。
視野を広げてみると、そういう立ち位置なんだな~。
と感じた。
そうゆう立ち位置だと思っていたので、森の中で地元の戦災がテーマの講演会が行われていることが驚きだ。
いよいよ、イベントの参加
イベントが始まった。
登壇者は、戦災に遭った当事者の子とも。
80年近く前の出来事なので、当事者は天に召されているか超高齢者だ。子ともが、当事者から聞き取った戦災体験を語るという内容だった。
参加者は、60代後半から80代前半だ。
おかみが、一番若い。
登壇者の発表は、とても感情が揺さぶられる内容であった。
参加者の中には、涙を流して方もいて、イベントとしては成功だろう。
だけど、何なんだ。
おかみの感じた違和感
なんだ、この違和感は。
イベントの参加動機が、休憩だったからか?ご機嫌ななめだったからなのか?
この手のイベントは、地元民にとってはなじみのあるものだ。
意味がないとは思わない。
このイベントは、平穏な生活の中で戦争または平和について考えるきっかけになったと思う。
だが、参加者の年齢は記憶があいまいでも戦争を体験している80代と戦争の名残が残っている環境で育った70代だ。
戦争は悲惨だ。戦争はしてはいけない。
そんなことは、どの世代よりも幼少期の体験として理解している。はずなのに、戦争を知らない世代のように涙を流している。
参加者が子供だったら、どう感じるだろうか?
現実に起こった悲惨な出来事だけど、現実感がない昔話のように感じるだろう。
戦争知らない世代と同じように涙を流して、それでイベントは終わりでいいのか?
地元民よりメッセージ
あの時代に、市民の力で戦争を止めることは難しかった。
その結果、地元の悲惨な戦災が起こった。
戦災で多くの命が失われたが、生き残った人々の生活も悲惨だった。
社会保障を国から勝ち取るまで、貧しさゆえに医療が受けられず命を落とした人や生活を支えるために苦労した人々の存在がある。
今でも、戦災のトラウマ苦しめられている人もいる。
社会保障制度が創設されても、差別があったゆえに利用しなかった人もいる。
戦争の悲惨さを語ることができる人が少なくなり時代が移り変わりで聞き手側の感度が変化した今では、今回のイベントのような切り口では限界が来ている。
もっと、平和な世の中で戦災に苦しんできた人々(生き残った人)にクローズアップしてもよいのではないかと思う。
そして、戦争を起こさないためにはどうする?抗えない災難にあったらどうする?ってディスカッションしたうえで、次世代に平和についてどう伝えるかについて検討してかなければいけない。
最後に、登壇者が言っていた。
ウクライナ戦争もなかなか終結しない、経済もよくならない・同調圧力も以前より強くなっている気がする。なんだか、戦前のような社会に少しずつ戻っているような雰囲気がある。
そうかもしれない、
だけど、今の若者が太平洋戦争の頃のように他者のために命を捨てて戦えるのだろうか?
若者じゃなくても無理だな。
やっぱり、平和をじっくり考えないとね。
いや、永遠に考え続けなくてはいけない。
森の中の美術館。
いろいろ、学びました。