さみしい坊館の住人とネコと家族とご近所さんの話
排除される人の孤独
以前、書いた記事で、地域生活の残酷な現実に触れた。
今回は、地域で排除された人について書こうと思う。
排除されようとする人の相談を、お受けすることがある。
某相談所は、地域で暮らすための相談を受ける場所だ。しかし、特定の住民にどうやったら出て行ってもらえるか?という、相談のベクトルが全く正反対の相談事を持ってくる住民がたま~にいる。
某相談所の運営マニュアルは、福祉を必要としている人及び地域住民となっている。追い出したいという住民もクライアントだと広義にとらえることも可能だ。
だからと言って、「あの人を、この町からおいだしたいんです」と相談されて、「じゃ~出っててもらいましょう」という訳には行かない。
排除されようとする人にも、地域に暮らす権利がある。
よくよく、出てってもらいたい住民の生活ぶりを見れば、確かに周辺の人に迷惑をかけており、共存できない何かがある。病的な何かがあり、適切な診断と治療と症状に合わせた環境に生活の場を変えたほうが、幸せな場合もある。
出て行ってもらいたいという感情をため込むのもつらいが、だれにも理解されず孤独な地域生活を送ることは、ますます症状を悪くする。
さみしん坊館の住人のこと
さみしん坊館の住人も、そんな生活ぶりだった。
パーソナリティ障害で、さみしさをこじらせにこじらせ多数のネコに餌をやるようになった。唯一、そばにいてくれた配偶者とも死に別れた。
配偶者が死亡すると、葬儀を上げなければならない。
配偶者の死がきっかけに、疎遠になっていた子供たちが猫屋敷に出入りする。
子供たちは、ひどい有様に驚き「福祉施設に入れ!」と命令する。
子供たちが猫屋敷に出入りするのを見た、ご近所さんが察知して、某相談所に「あの住人に迷惑をかけられているから、出て行ってもらいたい」と某相談所に相談を持ちかけた。
だれも、さみしん坊が地域に暮らすことを望んではいない。
だって、無責任にネコに餌をやり近所に迷惑をかけてきたのだから。
だって、世間様から後ろ指をさされるような行動を行い、ステイタスの高い子供たちのプライドを傷つけてきたのだから。
だれも、さみしん坊のことをかばうことも守ることもなかった。
さみしん坊は、地域から排除されたのか?
子供たちが、「施設に入れ!親子の縁を切る!」と怒鳴られなれ、さみしん坊は号泣しながら「お腹が痛い」と言っていた。
子供たちは、「恥ずかしいですが、昔からトラブルメーカーでトラブルが起こると異常に張り切るんです」「おながが痛いのは、私たちの気を引きたいだけです。」といい、まったく取り合っていなかった。
さみしん坊は、パーソナリティ障害だ。
病気ではない。
さみしん坊のパーソナリティ障害を、周りが理解して共存しなければならない。
だが、ここまでこじれたら無理だ。
そうこうしているうちに、ネコの発情期がくる。そして、さみしん坊の孤独の数だけネコは増える。
結局、「お腹が痛い」というさみしん坊は、おかみやご近所さん・民生委員さんをさんざん振り回し、救急車で何度か運ばれた後、末期がんだと診断された。
子供たちの気を引くための嘘ではなかった。
そして、あの世に行った。
救いがない…。
このさみしん坊の話には、救いがない。
- 精神疾患なら、治療と言う希望があるが、パーソナリティ障害は病気ではなく、治療というカテゴリーにはつながらない。
- さみしん坊の孤独を理解する余地もないほど、周囲と関係がこじれている。
- 体調が悪いことも信じてもらえず、死の苦しみに寄り添ってくれる人はいなかった。
- 嬉々として餌をやり続けたネコも、結局はさみしん坊にとっては癒しにはならなかった。
いや、少しだけ救いがある。ステイタスの高い子供たちが、痛みでもがき苦しみ意思決定ができなくなる絶妙なタイミングで、病院に担ぎ込んだ
不衛生なネコ屋敷ではなく、清潔な白い布団にくるまれてあの世に行った。
その時に、子供たちが寄り添うことができたのだろうか?
さみしん坊は、最後に赦してもらったのだろうか?
子供たちは、さみしん坊のことを理解しようとしたんだろうか?
その瞬間は、見守ることができない。
某相談所は、地域で暮らすための相談所だから、死にゆく人を病院に見送ったら仕事は終わる。
そして、主のいなくなったさみしん坊館は、ネコだけが取り残された。
その後、さみしん坊館はどうなったか?
半年後、何かの用事でさみしん坊館の近くまでいく便があり、どうなっているのかと門扉の前まで行ってみたことがある。
かつては、餌の時間になると行列をなしてネコが館に入っていく光景が見られたが、今はネコの行列はなく、門扉や屋根の上にいるネコも10匹程度に減っている。
これが、自然淘汰というやつか?
あれ、おかしいな?
以前は、門扉の前に立つと一斉にネコが逃げていたのが、今は「餌をくれるのではないか?」とネコが一斉に近づいてい来る。
もう、さみしん坊はこの世にはいない。
さみしん坊館の住人以外にも、この町にさみしい人は存在した。