決めないことを決める 未来に決定権はあるか?

意思決定支援にまつわる勉強会
数年前から、「意思決定支援」と言う言葉が気になっていた。
多分、この言葉がおかみのターニングポイントになると予感がしている。
誰でも、意思決定の連続の中に生活がある。
進学するとき・就職するとき・結婚するとき・などなど、輝かしい未来を想像しながら、意思決定するのは、楽しいものだ。
だが、意思決定は輝かしい未来ばかり決めていくものではない。
特に、人生の後半戦になってくると、つらい決断する機会も増えてくるだろう。
目から、うろこの考え方
先日、意思決定支援にまつわる研修を受けた。
そこで、「決めないということを、決めている」人々がいることを学んだ。
以前も、同じ講師から同じことを学んだことがあった。
だが、当時はピンとこなかったのだ。
おかみの失敗
新人の時ならともかく、相談員を長くやっていると、苦情が来る雰囲気を察知して、サッと切り替え回避する技が身につく。
苦情と言うのは、相談員の落ち度もあるが、お互い人間なので、相性が悪い?お互いの虫の居所が悪い?など、不穏な空気の積み重ねで起こることもある。
基本的にクライアントに相談員が波長を合わせ、相談員から担当変更を申し出ることはほぼない。
相談員は、どんなクライアントでも対応出来なければならないのだ。
クライアントから、担当変更を申し出があったときは、苦情処理担当者がクライアントから理由を聞き、相談員に振り返りを促す。そして、明らかに落ち度があったときは、始末書を書き、担当変更を行う。
これが、苦情処理の流れだ。
おかみも、10年間で二人ほど、苦情と担当変更の申し出を頂いた。
苦情と担当変更の申し出あっただけで、明らかに失敗なのだが、失敗の原因がはっきりしない。
二人とも、相談の波長は抜群にあっていた。
だが、苦情と担当変更の申し出があった。
苦情をいただいたクライアントは、「私のことを馬鹿にしている」と指摘があった。そんな態度をとった覚えはない。だが、一年もたたずに「また、あんたに担当してもらいたいんだ」と連絡があり、再度担当することになった。
「馬鹿にしている」という言葉は何だったんだろうか?
モヤモヤが、止まらない。
もう一人は、退院を機に「担当を変えてもらいたい」と申し出があった。苦情担当者が、理由を訊ねても答えが返ってこなかったそうだ。
二人とも、理由がはっきりせず、明らかな落ち度がないということで始末書は、書かなかった。
だが、腑に落ちない。
二人の共通点
二人には、共通点がある。
家族に恵まれず貧困にあえぎ、結婚し養ってもらうことを選ばず、だれにも頼らないで勝気に生きてきた。
二人とも、人生の過程を嬉々として語り、おかみはひたすら二人の世界観を理解しようと、全力で聴いた。
「馬鹿にしている」と言ったクライアントの自宅は、気に入ったものを大事に使い、まるで昭和の博物館のようだった。
理由を答えなかったクライアントの自宅は、好きな動物グッズであふれていて、かわいいものに囲まれた生活をしていた。
いずれにしても、世界観や生活信条をしっかり持っている二人だった。
これからどうするの?
二人とも、身寄りがなく大病を患い虚弱な身体だ。
近未来には、好きなものに囲まれた自宅には住めず、医療に依存しなければ生きていけない。そうなったときに、どうするのか?
今の環境を捨てて、医療体制に整った病院や施設で暮らすしかない。
意思決定するまでもなく、近未来がすでに決定している。
選べるって、幸せなことだよね。
「これからどうするの?」
おかみは、二人に問いかけた。
アドバンスケアプランニングと言えば恰好がいいが、未来が選べない人に対して、傷に塩を塗るように、現実を突きつけた。
そして、二人は未来のことは考えず決めないことを決めた。
未来に決定権がない人に対して、配慮すべきだったこと
この二人は、すでに自宅で暮らせない未来が迫っている。それは、相談員に言われなくても痛いほど、本人たちがわかっている。
次の生活の場を探さなくてはいけない。
好きなものに囲まれた生活を捨てなければ、生きていけない。
そうまでして、生き続けなければいけないのか?
究極の選択だ。
究極の選択をするために、おかみに全力で歩んできた人生や生活信条を一生懸命語っていた。
それを、おかみは「身寄りなし」のカテゴリーに入れて、死後の後始末まで心配し、今の生活を捨てる未来の決断を迫った。
相談員としての心配や役割よりも、あの二人は、究極の選択を手助けしてくれる相談員の役割を欲していたのだ。
よくよく考えてみると、どんなケースでもなるようにしかならない。必ず、収まるところに収まるのだ、日本に住んでいれば、クライアントが寒空に放り出されるなんてことはない。そんなことは経験上よくわかっているはずだった。
クライアントの迷いや方針転換なんて、いくらでもある。それに、付き合ってきたじゃないか?
「身寄りなし」のカテゴリーの人々だからと言って、いろいろ心配することはない。
そうか、スッと腑に落ちた。
あの二人がくれた「大事な学び」と「決めないことを決めている」という考え方を教えてくれた講師の方、ちょっとほろ苦い感情と成長できたと時間した時間でした。
ありがとう。